広ければいいけれど

今週のお題「お題」

 

 最初に入った独身寮は、4畳半に押し入れとクローゼットがついた
1間だったので、間取りも何もなかった。
 結婚して家族寮に入ることになったが、どこの寮に入るとか選択
の余地はなく、あてがわれたのは昭和39年頃に立った古い建物だった。

 家族は2人だけなのに、3部屋とキッチン、バス、トイレがあるので
間取りがどうこう言うことはなかった。むしろ、設備が古いため、風呂
の換気が悪く、ガス中毒になりそうになった。
 その後、転勤でいくつかの寮で暮らしたが、基本的には同じような作
りなので、間取りがどうこうというよりは、キッチンが狭いとか、風呂
が狭いとか、トイレが洋式でないとかいったことの方が気になった。


 自分で家を借りるなり、家を建てるようになって、始めて間取りを
意識するのかもしれないが、生活時間を多く過ごすリビングとキッチン、
風呂、トイレがメインで、これに家族構成により、個室を割り当てるか
どうかといったことで大まかな間取りが決まってくる。

 但し、ここから先の細かいことになると、それぞれの好みがかなり
出てくると言っていい。
 リビングは、広さとか陽当たりとか、家具をどのように置くかでも
違うし、キッチンは家事動線がいいの悪いのとか、トイレとバスは別に
なっている方がいいとか、バスは広い方がいいとか色々出てくる。


 元々間取りを決定づける大きな要素は、土地の広さや陽当たり、道路
づけがあって、そこにどれだけの床面積の建物を建てるかで変わってく
るのだと思う。
 日本人は、南向きの部屋を好むようだが、欧米は照明も間接照明が
好まれるように、意外と北向きの部屋が好まれるようだ。
 北向きの部屋は明るさが安定しているため、画家のような色使いに
繊細な人に好まれるようだし、昔、真珠の鑑定をする部屋は北向きに窓
がある部屋でないといけないと聞いて、なるほどと思ったことがある。


 部屋の広さも、広ければいいという訳でもないだろうが、マンション
のリフォームを見ると、壁を抜いて広いリビングを作っている例が多い
のは、開放感があるのと家具などを自由に配置できるからだろう。
 個人的には書斎的な部屋があるのが理想で、そこは広くなくても落ち
着ける空間があると、在宅勤務も捗るのではないかと思う。


 自分の家だけでなく他人のお宅に伺って見て思うのは、間取りをどう
のこうの言うには、ある程度の広さがあってのことかなと。
 猫の額のような我が家では、間取りは妥協の産物でしかなく、後は
やや快適な設備で、狭さや不便さをカバーするしかないのかなと思って
しまう。
 理想を求めれば、転居や建て替えが必要なのだろうが、先立つものも
無いので、野外や旅行へ出て過ごすことでストレスを解消するのが一番
ということになる。

 

どのように行動管理をシステム化するか

今週のお題「下書き供養」

 

 下書き供養ということだが、書きかけのものは結構ある。
その時点では、勢いで書き出したものの、投稿するまでの
ものではないかと思ったり、後で再考してみようかと思って
そのままになっているものなど。
 今回は、システム化はどうあるべきかという問題意識から
書きかけたものを出してみたい。


 小学生にプログラミング教育をするとか、デジタルトランス
フォーメーションを奨励するとか、デジタル庁を設置して
とかいろいろなシステム関連の施策が出てくるが、全体の交通
整理をしないと一体何を目指しているのかわからなくなる。

 政府自身のこと、民間のこと、教育のこと、リテラシーのこと
など整理して、全体としてこういう風にすることで、こうなる
といった説明をしないと、前の政権のように地方創生だとか
1億総活躍だとかぶちあげても、何も残らないことになっては
しまわないだろうか。


 今早急に必要なのは、新型コロナウイルスの感染拡大抑止だと
思うのだが、それに対応するシステム化はどうなっているの
だろうかと思う。HER-SYSの改良とか、COCOAの普及のような
ことを言っているが、どうみてもセンスが良くない。

 台湾のようにコロナ対策のために、外部からIT人材を登用
しようというセンスはなさそうだし、システムに対する評価が
できる人間が内部にいるようにも見えない。これでは、うまく
いかないのではないか。
 但し、政府だけでなく、マスコミなどもITセンスがある人間
がいないため、どこも同じように医療関係者と、政治評論家が
ああでもないこうでもないと言っているように見える。
 たまに、データサイエンスを専門にする人が出てくるが、
データ分析で予測はできても、目的をもってシステム化を行う
ことができるわけではない。


 COCOAのシステムのダウンロードが2000万を超えているらしい
が、厚生労働省からその効果がどうだという評価を聞いたことは
ないし、担当大臣からこのシステムをどのように活用していくと
いう話を聞いたこともないような気がする。

 システムの活用というのは、実際にやってみせて、その効果を
実感させるということがないと進まないものだ。
 そういう意味では、府県で感染者の管理にアプリを活用して
いるという話を聞くと、なぜ全国レベルで活用しようとならない
のか不思議に思う。やるべきことは、どの府県でも同じなのでは
ないか。


 システムは万能ではないが、人手に頼っている部分を効率化
するには、大いに役立つ。人手が足りないので追跡調査を止める
という保健所も出てきているが、感染経路不明の割合を下げる
には、追跡調査が必要ではないか。
 その場合には、システム的な追跡ができるように、COCOA
ようなシステムの見直しをして、クラスターの発生が懸念される
場所に入る人間には、ダウンロードしたシステムを持たせること
にして、感染した場合はその記録の提出を義務付けるようにした
方が効果的ではないだろうか。
 
 個人情報保護を懸念する人がいるが、別に感染しなければ
データを提供する必要はないし、どうしても提供したくない人は
アプリを利用しないので、入れる場所を制限すればいい。


 徹底的なPCR検査を主張する人もいるが、見過ごされている
のは、単に検査すればいいというのではなく、検査を受けた人の
行動管理をいかにするかということだ。
 中国が何十万人の検査をするという話がよく出てくるが、その
裏で、街を封鎖したりアプリで行動管理をしているということも
忘れてはならない。

 検査は、その時点での瞬間的な状態を捉えているだけで、その
後の行動を保証しているものではない以上、特定集団の行動管理
ができないようでは、意味がない。
 GOTOトラベルも、行動管理とセットにしておけば、感染への
影響を早期に検知できたのではないか。
 沖縄では空港でPCR検査をしているようだが、これも行動管理
をセットにしておかないため、感染が拡大してしまっているのだ
と思う。


 法改正は、罰則のことや休業補償のことが中心になっている
ようだが、本当に必要なことは具体策とその実行のために必要な
法制度の整備だと思う。
 これができないようでは、いつまで経っても同じことの繰り返し
になってしまうのではないだろうか。
 

あまり思い浮かばないけれど

今週のお題

 

 新生活が捗る逸品と言っても、あまり思い浮かばない。普通に捗る
と言うと、何か課題があって、それが効率的に進むというイメージで、
それが新生活となると、学生か社会人かでも違うと思う。


 学生の頃の捗るといえば、ゼミで集計作業をしていた時、統計分析を
するには電卓と紙と鉛筆と頭しかなかった。
 算盤を使えるほどの腕はなかったので、電卓を一生懸命叩くのだが、
記録機能がないので、合計が合わないということはしょっちゅうだった。
 それでも8桁表示しかない電卓を10桁表示にしただけで捗った記憶が
ある。
 コピーもそうだが、技術の進歩により捗るといった経験は多くある。
 

 社会人になっても、相変わらず電卓を叩いていたが、加算器という
印字記録があるものが使えるようになって、集計の間違いが減って、
捗った。
 一方で、コピーは使えるものの、資料作成は相変わらず手書きだった
ため、訂正が入ると大変で、鉛筆書きで原稿を作成したりしていた。
 やがて、小型のコンピュータ、今のデスクトップ・パソコンが職場に
も入るようになったが、プログラムは自分で作成する必要があり、普通
の人が集計作業をするというレベルではなかった。
 

 大きく変化したのは、表計算ソフト、最初はロータス1-2-3といった
ものが出て、集計作業が一気に捗った。入力、記録、集計がまとめて
できる表計算ソフトは、画期的なもので、今でもエクセルは常用して
いる。
 一方で、文書の方はワードプロセッサーが出て、清書と修正が簡単に
なって、これも効率的になった。今でも一太郎とかOASYSといった
ソフトを使っている人がいるようだが、私はパソコンになってからは、
ワードを主に使うようになった。

 また、資料作成には、パワーポイントのようなソフトも使ったりして
いるが、表計算や文書作成ほどの頻度はないので、エクセルとワード
この2つのソフトが私には逸品と言える。


 今では、誰もが持っているスマートホンだが、これは電話機ではなく
携帯型のコンピュータなので、いろいろなソフトが使える。

 昔は、個人への連絡手段は手紙しかなく、ポケベルが出て来た時には、
文字数が少なくても直接連絡が取れるということで、ある意味画期的
だったが、やがてガラケーといわれる携帯電話が出て、パーソナルな
連絡手段としての座を占めるようになり、効率的になった。

 携帯電話も、iモードが出て、音声だけでなくデータも送れるように
なり、活用範囲が広くなったが、現在のスマートホンは、性能が格段に
高速化しただけでなく、通信速度も高速化したことで、さらに多くの
機能が使えるようになり、生活になくてはならないものになっている。
 但し、コモディティ化しているため、逸品という感覚ではない。

 スマートホンの場合、逸品になるかどうかは使い方次第だと思うが、
持っていないと効率が良くないことがあるので、逸品というより必需
品と言うべきであろう。


 仕事をする上では、スケジュール管理も重要で、スケジュール管理を
含めた段取りがうまいかどうかが、進捗を左右する。
 スケジュール管理は、大規模なもの向けではプロジェクト管理ソフト
もあるが、個人なら手帳かスケジュール管理ソフトが普通だろう。
 私は、手帳の方が性格に合っていて、長年能率手帳を使っているので
これが逸品と言えないこともない。専用の革カバーを付けているので、
高級感もある。
 昔は、会社の手帳が無償で配付されたので、それを使っていたのだが、
転職もあるということで、20年位前から自腹で買うことにした。
 時刻入りやカレンダー式、日曜日始まりか月曜日始まりかなど、種類
は多種多様なので、自分に合ったものを選んで買うのがいいと思う。


 電子的なものを使っている人には、あまり関係ないかもしれないが、
アナログ的な手帳を使っているとボールペンにもこだわりが出てくる。
 昔のボールペンは、インクの出が悪かったり、書き味が良くなくて、
能率に影響するため、各社のボールペンを書き比べていいものを使って
いた。
 昔はクロスとかペリカンとかカランダッシュといった輸入ものを使う
ことが多かったが、今はジェットストリームがメインになっている。
 書き味が滑らかで、インクも濃く早く乾く、太さも0.38mmから1.0
mmまで各種揃っているうえ、価格も安い。
 通常は、スタンダードと多色入りのものを使っているが、今はこれが
逸品と言える。


 生活面では、何と言っても電子レンジだろう。お湯を沸かさなくても
お茶が飲めるし、調理も加熱もできる、最近では焼き物もできるので、
これがあるとなしでは、食事の準備が各段に違う。
 多機能でなければ、価格が安いものもあるので、単身生活では必需品
と言える。
 これに冷凍庫があれば、食事の準備はかなり捗ると言っていい。

 掃除や洗濯は自動機があるが、まだ、逸品と言えるものには出会って
ない。モノがない家なら、ルンバのようなものは使えると思うし、限ら
れた衣類だけなら、全自動の洗濯乾燥機も使えると思うが、今のところ
使う予定はない。


 新生活に関係なく逸品を語ってきたが、新社会人のために言うと、
今までの経験で、仕事を捗らせるために必要なことは、全体を見ることと
楽をできないか考えることだと思う。
 言われたことをするのも大事だが、全体の中でその仕事がどういう位置
づけなのかを知ることで、どこまで必要かどうかが分かる。
 また、どういう工程で行われているかで、効果的にできる方法がある
のではないかと考えることができる。
 楽をできないかということは、効率的に仕事をする動機付けになると
共に、コストの削減にもつながる。 
 これを実現できるモノが逸品なら、そういうことを学習し思考する人
は逸材になれるのではなかろうか。

 

説明と反省を

 

 新型コロナウイルスの感染が再拡大しているが、横ばいで完全に
下げ切らない状況で、政府は緊急事態宣言を解除した。
 延長した時に比べて医療態勢がひっ迫しなくなったということの
ようだが、それ以前に市民が自粛要請に従わなくなってきたため、
宣言の意味が無くなってきたからでもある。

 当然のように、市民の行動は自由度が増し、いくら飲食店の営業
時間短縮を継続しても、既に効果の限界が見えてきていたのだから、
新たな対策をしない限り、感染が再拡大するのは目に見えていたと
言える。
 政府も知事も、3密回避や行動自粛の要請はするが、多くの人は
聞き飽きているし、やっている人はやっていても、全員が常にそう
いう意識でいないのは明らかだと思う。

 ある意味出来もしないことを言って、やっている感は出しても、
実効性がないことについての反省がないとしか言いようがない。
ならばどうするべきなのか。


 マスクをして飲食する位なら、飲食などしない方がいいと思うし、
花見をしたいのに不要不急の外出をするなと言われれば、どうすれ
ば花見をしてもいいのか位言えよと文句を言いたくなる。
 言っていることはもっともなのかもしれないが、あまりに安直で
人間の心理を無視しているようにしか思えない。
 昔から医者の言うことは、人間の心理を無視して勝手なことを
言う傾向がある。例えば、「安静にしていなさい。」と言われても
安静にしていたら生活できない人間はどうしたらいいのか。

 不要不急の外出を控えろと言っても、どこまでが不要でどこまで
が不急なのか、基準があるわけではなく、自分で考えろとでも言う
感じなので、当然ながらこれ位はいいだろうと思ってもおかしくな
い。
 送別会をするなとは言わないが、多くでするのはいけないとか、
遅くまでするのはいけないといったことを言うが、そんな基準は
いつから明示されているのかと思うし、もともと強制力もないのに
そこまで言うのかという気もする。


 多くの人の心理では、ここまで我慢して協力しているのだから、
どうすれば花見をしていいのかを考えて提示してもらいたいし、
送別会だってやりたいのだから、どうすればできるのかを考えて
提示してもらいたいと思っているのではないか。
 一方的に禁止だけ言っても、何も生産的なことはないし、苦しむ
のは飲食店だけでなく、関連業者も苦しんでいる。
 医療関係者が苦労しているのもわかるが、どうすれば感染拡大を
抑えながら、経済活動を回していくのかという発想が、全く見られ
ないのは、何もしなくても生活が保証されているお役所的な発想が
政治家も含めて蔓延しているからだと思う。


 私は、一律に飲食店の営業時間短縮を求めることはおかしいと思
う。何故なら時短だけが対策ではないと思うからだ。
 有効な感染対策を取っている店であれば、営業時間の延長を認め
てもいいだろうし、1人で飲食する場合は感染拡大が限定されるの
だから、営業時間に関係ないと思う。
 4人以上の会食を控えろというのも、既に生活している家族なら
4人で飲食してもそこで感染が拡大するというものではない筈だ。

 現状の感染拡大の原因が、飲食店に大きく起因するならば、その
原因と対策を示すのが本来のあり方で、一律の時間短縮は不合理
だと思う。


 ステージ2以下の県については、県版のGOTOトラベルに対して補助
をするというのも、相変わらずのバラまきで、観光を振興しようと
思うなら、大都市からの旅行者を対象にするべきだが、感染拡大が
怖くてそんな事は言い出せないのだろう。
 感染拡大が怖ければ、感染地域との人の流れを完全に絶てばいい
のだが、そこまでやろうと言う人はいないだろう。何故なら、仕事
で大都市に行かなければいけない人もいるからだ。
 そういう意味では、現実に大都市と地方都市を行き来する人が
いるにもかかわらず、どのような対策をしているのかが見えない。
 沖縄県では、空港で来県者に検査をしてもらうようにしていると
いうが、それなら出発地の県でも出かける前に検査をするように
すればいいと思うのだが、それができていない。
 また、検査の精度の問題もあるので、陰性の人であっても、その
後の行動管理が重要だと思うのだが、そこまでの手当てはしてない
ようだ。

 

 様々な決定や判断があるが、今そこに必要なのは説明と反省では
ないだろうか。
 政府や自治体のこれまでの決定や判断について、十分な説明が
あったとは思えないと感じているのは、私だけではないだろう。
 また、過去に行われた決定の全てが正しい訳ではないので、謙虚
に反省して、説明を伴った新たな決定をする方がいいと思える。
 そういう意味では、発想を転換して、これまでの施策が目的に
照らして十分だったのか、別の施策がないのかという再検討をして
みる時期に来ているのではないだろうか。

 

 

プログラミングを勉強したい

今週のお題

 

今年になるかどうかはわからないが、以前より学びたいと思って
いたのは、コンピュータのプログラミングである。
 やりたいのは、スマホで動くプログラムを作ってみたいのだが、
いつでもできるのではないかと思う一方で、面倒だなという意識も
あって、なかなか進まないでいる。
 仕事を辞めた時に、職業訓練のような学校へでも行けばよかった
のかもしれないが、当時はそこまでの意欲がなかった。

 普段からスマホの機能をよく理解して、使いこなしているといった
レベルではないので、そちらの方が先ではないかとも言われそうだが、
やってみたいという気は十分にあるし、経験もある。
 プログラムは、最近では小学生もやるようになるらしいが、昔は
限られた人しかコンピュータを扱うことがなかった。


 私が初めてコンピュータに出会ったのは、学生の時に入門講座を
取った時で、その当時はフォートランという言語を使い、簡単な計算
プログラムを作ったりした。
 その後、会社に入ってシステム部門に配属されたこともあり、今度
コボルという言語で、事務処理のプログラムを書いたりした。
 システム部門を離れて、支店に移動した時は、ベーシックという
言語で、パソコンを使った事務処理プログラムを書いたこともあった。

 しかし、表計算ソフトが出てくると、プログラムを書くよりは、
関数を使って処理するのが主になって、プログラムを書く必要性が
なくなり、プログラムの書き方も忘れてしまった。
 表計算ソフトも、マクロという機能があるので、これを使うと処理
を自動化することができるのだが、中身はプログラムそのものである。
 ただ、私はそこまでの必要性を感じることが無く、ほとんど使う
ことはなかった。


 そんなことで、長らくプログラミングの世界から遠ざかっていたの
だが、スマホという高性能なポータブルコンピュータが普及してきた
ことで、普通の人でもプログラムを書けば、昔できなかった多くのこ
とができることに最近気が付いた。
 もちろんプログラムをしなくても、多くのアプリが提供されている
のだが、データをうまく活用するには、自分でプログラムを書ける方
がいい。
 そこまでのレベルに上達できるかはわからないが、プログラム経験
が全くないわけではないので、あとは意欲の問題だけではないかとも
思っている。


 確実に上達しようと思えば、専門学校へ行くか特定講座を受講する
のが早道だと思うが、お金がかかるのと時間的な制約もあるので、
まずは情報収集からしてみようと思う。
 簡単なものなら、無料で試してみることができるツールもあるよう
だし、経験者のブログもたくさんあるようなので、まずはどのレベル
を目指すかを決めようと思う。
 早急に解決すべき課題があるわけではないので、一歩一歩前に進む
ことができれば、今年は良しとしたい。


 政府はデジタル人材を養成したり、自らのデジタル化を進めるのに
熱心なようで、プログラミングもその一環だと思うが、本当に必要な
ことは、システム思考ができる人材の養成だと思う。
 システム思考がどういうものかというと、システムを使って特定の
目的を達成できるように、分析と論理的な組み立てをすることなのだ
が、プログラミングも実はそういったプロセスを行わないと良いもの
ができない。
 プログラミングを学ぶと共に、改めてシステムについても勉強し直
すのがいいかとも考えている。

祝日の意味

今週のお題「祝日なのに……」

 

 3月20日の春分の日は、土曜日に重なったため、休日が1日減った
ような気がするかもしれないが、昔は土曜日は半ドンと称して、昼まで
仕事があった。
 土曜の午後は、酒を飲むような時間でもないので、美術館や歌舞伎座
へ行ったり、銀座をブラブラすることができて、有意義な時間だった。
 週休2日制へ移行するのに伴って、平日の勤務時間が長くなり、そう
いった機会も減ってしまった。
 
 もっとも、サービス業は土日、祝日が稼ぎ時なので、祝日に休んだこと
がないという人もいるかもしれないし、工場などは稼働効率を上げるため
週中にあるような祝日は、夏休みなどに振替したりしているので、祝日の
意味がどこまであるかと思うこともある。
 さらに、最近は祝日が固定日でなく、第何月曜日とか、オリンピックの
開催に合わせて10月を7月に持ってくるといったことまでするので、
これはやり過ぎではないかと思う。


 今は休日に出勤するということはないが、昔は深夜勤務に、休日出勤も
かなりやっていた。
 最近は、労働基準法違反の取締りやブラック企業といった世間の批判が
きついせいか、昔に比べて休日出勤が減ってきているかと思ったが、法の
適用外の役所の超過勤務は、かなり度を越しているようにも見える。

 民間でも、期日があるような仕事は休日出勤も止む無しということが
あるようだし、個人事業主ともなれば、深夜・休日とか言ってられない
こともあるだろう。
 ただ、あらかじめ覚悟するなり、事前に見込まれている場合はまだしも、
孤立無援で追い込まれて残業してしまうことだけは無いようにするのが、
上司の務めであると思う。
 今は、嫌なら辞めるという感じかもしれないが、家族を抱えてそこまで
決断できない人も結構いるのではないだろうか。
 役所の例を見てそう思う。
 
 
 話を祝日に戻そう。最近は祝日が増えて、6月と12月以外は、毎月祝日
がある。
 観光業や小売業のために祝日を増やし、日曜日と重なった場合は翌日を
休日にして連休を増やすだけでは満足できないと、祝日を増やすのは、ある
意味ポピュリズムだが、正面切って反対する人はいないと思う。
 一方で、祝日の意味も価値も、どんどん低下していっているように思う。
 今回、国民の祝日に関する法律を改めて読み直してみたが、私を含めて、
それぞれの祝日の意味を理解している人がどれだけいるかと思ってしまった。

 春分の日は、「自然をたたえ、生物をいつくしむ。」となっているのだが
そうしたことをした人はどれだけいるだろう。むしろ、春のお彼岸の中日で
墓参りに行った人の方が多いのではないだろうか。
 ちなみに秋分の日は、「祖先をうやまい、なくなつた人々をしのぶ。」と
なっているので、まさに墓参りがぴったりという感じだ。

 コロナ禍で花見どころではないかもしれないが、春分の日には花を愛で、
生き物の息吹を感じることができれば、祝日なのにということはないので
ある。 

検査をするのはいいけれど・・・

 

 政府は、検査が足りないという批判を受けて、介護施設や市中などの
検査を拡大するという方針のようだが、検査をすることの意味がよく
わかってないような気がする。

 WHOの事務局長も、テスト、テストと言っていて、検査と隔離を強調
していたが、これは検査をして陽性患者を見つけて隔離することが必要
という意識から出た言葉だと思う。
 しかし、インフルエンザなど一般的な感染症であれば、初期症状が
出てきたところで検査を行い、陽性を確認して隔離するというのでよか
ったが、新型コロナの場合、無症状の感染者が存在するため、これだけ
では、不十分ということがわかってきている。
 だからといって、やみくもに検査をするのは難しい。それができるのは
中国のような強権国家だけだと思う。

 但し、中国は大量に検査をするだけでなく、一定の地域を封鎖して、
地域全体を隔離しながら検査するという方法を取っているので、ある意味
合理的だと思う。
 日本の場合、検査を増やすことは言っても、全体をコントロールする
という意識が見られない。おそらく、感染症の専門家からすれば、個人を
束縛するような強権的な行動は、自分たちの範囲外という考えがあるので
はないだろうか。


 空港での検査は、水際対策として重要なことは誰もが認めるところだが、
単に陽性患者を見つけて隔離するだけでは不十分なことはわかっている。
何故なら、検査の精度は100%ではないからだ。
 従って、厳格に水際対策を取っている国は、入国後2週間程度、ホテル
などに隔離した後でないと自由にさせない。
 日本では、そこまでの措置を取っておらず、お願いベースの自粛要請で
しり抜けになっている。
 入国者について、検査だけでなくその後の管理を厳格にするという意識
がないのが何故なのか、理解に苦しむところがある。
 

 介護施設に対して、定期的に検査をするというのも、何となくいいこと
だと思われるが、検査はその時点の瞬間の状態を示しているだけで、結果
が分かった時点での、状態を保証しているものではない。
 必要なのは、検査をすると共に、その施設の出入りを管理して、検査を
受けた人間を含めて、施設にアクセスするものの行動管理を併用するので
なければ意味がないと思う。
 そこをどうするかといった議論は完全に欠落している。いくら感染症
専門家を招いて、指導を受けたところで、施設で働く従業員の行動管理が
できていなければ不十分だろう。


 自治体によっては、大規模な検査を実施するという計画を持っている
ところもあるようだし、市中での不特定多数の検査を政府も計画している
ようだ。
 全体的な感染状況を把握するという意味でのサンプリング検査は、それ
なりに意味がないとは言えないが、かなり感染が拡大しているという結果
が出たところで、対策につながる何かが得られるかは疑わしい。
 検査をより有効にするためには、COCOAを拡張した行動記録が取れる
アプリを入れさせた人を増やして、その中からサンプリングするのが、
いいのではないだろうか。
 介護施設や病院など重要な施設にアクセスする人間はもとより、大規模
な施設に入場する場合、感染リスクが高そうな場所に入場する場合、遠方
へ旅行する場合など、アプリへのアクセスを義務付けるようにすれば、
より効果的になるのではないだろうか。


 何かというと、専門家の意見を聴いて決定すると政府は言うが、専門家
は自分の専門分野のことしか言及しないし、専門家といっても政府に受け
のいい人間しか呼ばないので、意見が偏ってしまう懸念がある。
 検査をすることは否定しないが、検査だけで十分とは言えない以上、
そこを埋める方法を考える専門家も入れて検討する必要があると思う。